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お墓の豆知識

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多宝塔とは

多宝塔は、寺院建築の仏塔の形式に含まれていて、平安時代初期に空海が高野山に建立を計画していた毘盧遮那法界体性塔(びるしゃなほっかいたいしょうとう)にその原型が求められているようです。

この塔は空海の没後に完成し、その後、焼失と倒壊が何度か起こりました。現在高野山にある塔は、昭和12年(1937年)に再建された鉄筋コンクリート造りのものです。

多宝塔

現代の形式として、一般に裳階(※)付き単層塔であって、初重を平面方形、二重を平面円形とする二層塔は日本独自の形式であり、平面が方形となっています。なお、ごくまれに例外のものもあるようです。木造建築のものは多いようですが、石造の事例は少ないようです。多宝塔では初重と二重の間に「亀腹」と称する漆喰(しっくい)塗りの円形部分がありますが、円筒形に見えるのは外観のみで、構造的には四角い初重の上に平面円形の上層部を乗せたもののようです。

※裳階(もこし)
建物外部の軒下に回した庇(ひさし)で、本屋の軸部を裳裾(もすそ)のように隠すことからこの名があるようです。

空海とともに平安時代初期の仏教界で活動した最澄は、法華経千部を安置する塔を日本各地の6ヵ所に建立することを計画していて、これは多宝塔とは異なり、初重・二重ともに平面方形の二重塔で、初重の範囲が方三間(1辺に柱が4本立ち柱間が3間あること)のものを多宝塔と称し、方五間のものを「大塔」と称します。多宝塔の初重内部は須弥壇を設けていて、仏像を安置するのが原則のようです。大日如来を本尊として安置するものが多いようです。

現在、比叡山延暦寺にある法華総持院東塔は、1980年に建立され、初重・二重とも方形の形式を保っています。この形式の二重塔で安土桃山時代と江戸時代以前にさかのぼるものは数少なく、徳島県の切幡寺塔婆は貴重です。この切幡寺塔は、もとは大阪の住吉大社の神宮寺に元和4年(1618年)に建てられ、明治時代初期に現在地に移建されたようです。

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